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平成の大横綱 貴乃花の引退

横綱貴乃花の最後は、最後の最後まで劇的だった。 2001年の5月、夏場所千秋楽に右ひざの大怪我を抱えながらの強行出場。 歩くことすらままならぬ状態で土俵に上がり、武蔵丸を上手投げで横転させて勝利。 優勝決定戦を制して、22度目の優勝。 しかしその代償は大きく、以降7場所連続全休という横綱のワースト記録を更新した。進退をかけて02年の秋場所に挑み、12勝3敗で再起を果たすものの続く九州場所は再び全休。03年の初場所は左肩まで負傷してしまい、満身創痍で49年ぶりの横綱再出場に踏み切り、8日目の安美錦戦で3敗目を喫すると、翌日に引退を発表。 2003年1月20日の引退会見で貴乃花は「清々しい気持ちでいっぱいです。悔いは特にありません。こうして、無事に終えたことをありがたく思っています」と語った。横綱として角界の重圧から解き放たれた穏やかな笑みを浮かべていた。

引退会見は師匠と弟子、親子の契りを確認する姿が印象的だった。

貴乃花は人気大関の息子として子供の頃から引退まで史上初の兄弟横綱などの話題も相まって空前の相撲ブームを呼び起こした。引退会見で貴乃花は二子山親方に「命を授けていただいた方ですが、ただ親方と思ってやってきた」と指定関係を強調。逆に親方は「寂しさはない。逆にほっとした。少し、心も身体も休めてもらいたい。孫もいるし、景子さんもいる。楽しくやっていきたい」と父親の姿になった。